どうも、らりおです。
この前の第6回rogyゼミではうっかりして、運動ができもしないのに「この冬はSKIで遊ぼう!」などと宣ってしまい、このたびその報いを受けて参りましたので、その顛末を書きます。

志賀高原にスキーに行ってきました。
メンバーは、椋、夕天、みずほ、tamy、たけむら(またはパン氏)(別名募集中)、それから私の6人(敬称略)です。
板を持参するガチ勢もいた中で私はスキー経験値最下位で、リフトを降りる際にリフトと地面に挟まれて、早速ストック(両手に持つ棒)を折ってしまいました。
なんとなく手頃な長さの棒を持つと厨二心が滾る私にとっては、衝撃的な出来事でありました。
武器を持ったと思ったらあっさり耐久値がなくなった気分です。
とはいえ私は初心者ですから、最初から聖剣を持てるとも思っていません。 落ち着いて()武器屋レンタルのおじいさんのところへ行き、折ってしまった旨を伝え交換を申し出ます。
そこで衝撃の一言。

あー、これは2000円だな

まあ結局、保障に入っていたことが幸いして弁償はせずに済んだのですが、3日間リフトにビクビクして過ごすことになりました。
なにが2000円だ。この恨み一生忘れねーぞ。ご迷惑おかけしました。

さて、武器も新たに雪面を滑ってみます。
普段から下を向いて歩いている私にとって、雪面を見ながら滑ることなど造作もありません。
壮大な景色も何のその、目前の異常を的確に見抜きつつも慎重に進みます。

「おっ、異常な出っ張りがあるぞ!」 気付いた時には既に手遅れです。 眼鏡を外した私のfar-clipはあまりにも小さく、中距離〜遠距離の景色をテキトーに描画することで、世界のレンダリングの負荷を最小限にします。 さすが3Dゲーム勢、コンピュータでのCGの知識を生かした体作りです。
なお、この経験を踏まえて、私の作るゲームでは遠くまで見えるようにする所存です。

「急斜面を発見! 慎重に降りなければ!」 しかし、恐れるばかりでは前に進むことはできません。
勇気を持って踏み出してこそ、新たな世界が開けるのです。
新たな()武器ストックを持った()ゆうしゃに恐れるものなどありませんでした。
前へ進み、そして「危ないと思ったら後ろへ転べ」という助言に従って、躊躇なく転びます。 決して、断じて、誓ってチキンではありません。時として失敗を恐れぬことこそ、真の賢さなのです。

そして、転びながらも私は前進をやめませんでした。
飛行機の緊急脱出スライドの案内を思い出し、両腕を前に伸ばすことでバランスをとりながら、さらに加速します。
テンパっていたのではありません。下り坂で速度を落とさないことで、後ろから来る人々の邪魔にならないよう配慮したのです。

やがて私の体は横に回転しはじめ、制御は困難になってきました。
走馬灯ではありませんが、唐突に私が()滑り落ちた全落ちした大学受験を思い出します。スピンスピンスピン。
スキーで私と同じ経験をしたなら、たとえガリレオを裁いた裁判官だってこう言ったことでしょう。「地球は回っている」と。

それはともかく、私は姿勢も角運動量も保てなくなり、時として俯せに、また時として仰向けになりながら私は雪面を滑りつづけました。
初めこそ「角運動量保存則仕事しろ」などと思っていましたが、さすがに長時間滑っていると、状況に慣れてくるものです。
落ち着いて周囲を見渡せば、陽の光を受けて神々しく輝く雪原。 服やグローブなど有って無いようなもので、全身で堪能する雪は、久々の激しい運動で火照った身体を優しく包み込み、冷やしてくれます。

そこで私は初めて気付いたのです。大地の偉大さに、自然の素晴らしさに。
もはや私は転落するスキー初心者ではありませんでした。
自然を崇め、五体投地する、ひとりの小さな人間でした。
むしろスキー板など甘えです。自分の身体で滑ってこそ、スキーの本当の楽しさがわかるのです。
志賀高原広しと言えど、ここまで本当の意味で自然を堪能したのは私くらいなものでしょう。

そうして、私は十数年ぶりのスキーで得難い経験をしました。
壊れかけだったデジカメは遂にその機能を失ってしまいましたが、後悔はありません。
カメラを身に付けた状態で斜面を転がってはいけないという知見を得た私は、きっと来年こそカメラを壊さないに違いありませんから。


補足

  • デジカメの壊れた私は写真を撮れませんでしたので、素材については他のメンバーにお任せします。誰か記事書いてください。
  • スキーウェアで雪原を滑り降りても、尻は大して痛くないし布も破れませんでした。ヒップドロップで斜面を滑り降りるマリオは、こういう素材の服を着ていたんだなぁと納得しました。